学ぶということ

このところ、中間テスト明けから、夏期講習会、合宿と続く学習の流れの中で、

歴史の学び方を研究しています。

 

まぁ研究と言っても、けっしてフラスコをいじっているわけではなく、

どうすれば歴史を楽しんで学んでもらえるかなぁということなのですが、

ボク個人は歴史から学ぶことがたくさんあって、とても楽しいと思うのですが、

多くの人たちにとってはそうではないようで、なんでなのかなぁと思っていました。

 

それでも世の中には歴史好きの人たちが多くいて、

その人たちに共通するのが、「よく知っている」ことです。

好きだからよく知っているのもあるでしょうけど、

よく知ったから好きになった、という人もいるのではないかと思います。

 

それで歴史のキライな人は、

覚えられないとか、昔のことなんて意味ないとか、そういうような意見が多いようです。

まぁキライな理由は何でもいいのですけどね。

だからというわけではないのですが、やっぱり知らないからキライなんだよなぁと思うわけです。

 

まぁ年代と人物と出来事をセットにして覚えたとしても、あんまりおもしろくはないです。

でも「どうして、この人はこんなことをしたのか」ということに焦点を当てて、

その行動原理やそのときの心理状態、そしてそうしなくてはいけなかった理由や、

そうしたいと思った心情などを、歴史の流れというか時間の流れを追って見ていくと、

何ともいえない人間模様が見えてくるのです。

歴史の面白さは、そうした「その出来事(事実)」に関与した人々の心情と欲望と自制と先見性の積み重ねなのだと思います。

 

歴史自体は、事実の羅列であります。起こった事実を年代ごとに並べたものにすぎません。

しかし、その事実にかかわった人々には、その人たちにしかわからない真実があります。

真実とは、とてもうつろい易いものであり、人の心の中にしかないものだと思うのですが、

歴史的事実に関係した人たちの真実とその決定をした人たちの心情を知ることで、

ただの事実の羅列が、これ以上ないほどの色と息吹を持ったロマンになっていきます。

歴史を学ぶというのは、そういうことなのだと思います。

だから、歴史ほど”新しいもの”はないように思うのです。

 

学ぶことで発見できる、気が付くことのできることがたくさんあります。

歴史に限らないことですが、自分というものは何かに気づくことが学ぶことの意味です。

そして自分というものが何かに気付いたなら、自分の天命を知ることになります。

天命とは、天から与えられた役目であり、その人にしかできない役割でありますから、

そうした天命を得ることはとても豊かな人生であると思います。

この天命は、それこそ死ぬほど苦労した結果として、さらに運良く気が付くことができることだと思うのですが、死ぬほどの苦労とは現代においては日々の思考と学習と行動のことだと思います。

そして天命を知った後には、使命が待っています。

使命とは、命を使っていくこと、であるのですが、自分が人生をかけてやり抜く”天命としての役目”を命がけで実行していくのです。

そこに、愚痴もなければ、怒りもなく、とうぜん見返りなんかも期待はしません。

むしろ、その役目をさせていただきありがとうございます、という感謝の気持ちと奉仕の気持ちがないといけないように思います。仏教用語でいう”布施”ですね。

 

歴史を見ていくと、こうした天命を知り、使命を全うしてきたであろう人たちがたくさん出てきます。

僕たち現代に生きるものは、歴史を客観視することで、その人たち”全員”になりきることができます。

例えば、関ケ原の合戦のとき、僕がその時代にいたのであれば、東軍か西軍の一兵卒にしかなれないでしょうが、現代にいる僕はその東軍にも西軍にもなれる上に、一兵卒ではなく大名クラスにもなれます。なって思いを馳せることができます。

そうすることで、こんな場合はどういう判断をし、次にどういう行動をとろうか、と考えることができます。こんなに楽しい”ゲーム”はありません。

人の行動原理を予測して、次にどんなことが起こるのかを予測するゲーム理論の根幹があるように思います。

また、歴史の事実からは「どうしてこんな行動をしたのか」という心理状態を知ることもできます。それには、その人たちの事実関係を知らないとわからないことですから、さらに深く広く歴史的事実を学び、その時々の登場人物の真実を考えることで、ますます歴史の面白さに触れていきます。これはもう、学んでも、知ってもまだまだ終わりのない勉強になっていきます。

もはや過去の事実を学ぶのではなく、現代とその先を見るがごとくですね。

もっとも、歴史を学ぶというのは”二度とそういう風にはならない”ということでもありますし、その側面が強いのかなとも思います。

 

そういうことで、ちょいちょい僕の好きな歴史をここで紹介していこうと思いますの宣言でした。