パースペクティブその後…

他のために努力を続ける

長々と続いたパースペクティブでしたが、その後ちょっといい話を読んだので皆さんに紹介します。

 

皆さんは、誰かのために善い行いをしたことはありますか?

誰でも一度や二度は、周りの人のために善い行いをしたことはあるでしょう。

 

しかし、毎日、善い行いを実行しているかというと…

なかなか少ないのではないでしょうか?

僕は…(汗)

 

さて、お釈迦様は「善い行いを途中で諦めたり、怠けたりせず、生涯努力し続けなさい」と仰っています。

そのためには、正しい目標と強い意志が必要です。

まさにパースペクティブが必要だということですね。

 

火事を消したオウムのお話

昔、山の一面に大きな竹林があり、そこには多くの鳥や動物たちと一緒に、一羽のオウムが住んでいました。

ある日、突然、大風が吹き、竹と竹とが擦れ合って火がおこりました。

火は風にあおられて、瞬く間に大火となり、動物たちは逃げ場を失いました。

 

そのとき、オウムは大きな慈しみの心を起こし、仲間を救うために水辺に飛んで行きました。

そして、翼に水を含ませ、竹林に戻っては、水滴を火の中に注ぐということを繰り返しました。

 

この時、帝釈天という天人が、天界から下界を見ると、一羽のオウムが無謀にも全力を尽くして竹林の猛火を消し止めようとしています。

 

帝釈天がオウムに向かって、

「この竹林は数千里四方の広さがある。お前の翼に含ませられる水はわずか数滴にすぎない。どうして、この大火を消すことができるだろうか」

と問いかけると、オウムは答えました。

「努力を怠らなければ、必ず火を消すことができます。もし、この命がある間に消せなければ、さらに来世でも必ず竹林の火を消してみせます」

 

帝釈天はオウムの心と行動に感動し、大雨を降らせて、あっという間に火事を消してしまったということです。

 

ダンコたる決意

決してスラ○ダンクの桜木花○ではないのですが…

 

このオウムの意志と行動をどう思いますか?

オウムは、他の動物が逃げてしまったにも関わらず、火事を消し止めようと断固たる決意を持って、自分できる精一杯のことをやり続けました。

その尊い心と行動が、帝釈天に届いて奇跡が起きたわけです。

 

このオウムの姿は、諦めずに、努力を続けることの大切さを教えてくれます。

 

もちろん無謀な行動だと断ずることもできるでしょうし、

諦めずに、努力を続ければなんでもできるのかと思うかもしれません。

 

命を落とすような無謀な行動は避けるべきかもしれませんし、

諦めずに、努力を続けても、できないことも確かにあります。

しかし、ここで伝えたいことはそういうことではありません。

 

僕たちの心には「善い行いをしたい」と思う反面、

「ラクをしたい、怠けたい」という気持ちもわいてきます。

 

そんな怠け心に打ち克つためには、自分のパースペクティブが重要なのです。

 

例えば…

「勉強しなきゃいけないけど、今は部活が大事な時期だし、部活を一所懸命にやりたいんだ」

というのは、一見もっともらしい理由に聞こえますが、勉強しない理由を自分で作っているのではないでしょうか。

 

保護者の方でも「子どもがそういっているので」とか

「子どもがやるって言うまで待ちます」というのは、一見もっともらしい理由に聞こえますが、勉強の機会を作らない理由を作っていることになるのではないでしょうか。

 

むしろ、適切な学習環境を整え、短い時間でも学習する習慣をつける方が、本人のためにも、子どものためにもなることではないかと思います。

 

まぁ…

みかんせいに通っていただいてる子ども達と保護者の方には、まさに釈迦に説法なのですけどね(^ ^)

ありがたいことです。

 

パースペクティブを持つことの意味

さて、毎日の生活の中で充実した時間を過ごすには、「自分が求めること」を明確な目標に掲げ、実行できるように努力を続けることが大切です。

 

こうした「自分の大きな行動指針」がパースペクティブとなり、

日々の生活を意味深いものにしてくれます。

 

努力する前から、できない理由を探していると、いつまでたっても実行は出来ません。

これが「自己正当化の理由」となります。

前述のような”作り上げた理由”を、自分で信じてしまうのですね。

 

それよりも、オウムのように、善に向かって努力をすることが尊いのです。

 

善い行いを実行する

自分が求めることは何かを知ることで、

自分に何ができるかを考え、

実行できるように目標を立てます。

 

みかん日記は毎回の学習での「小さな目標」ですが、

それをやり続けることで、いつか大きな結果となって現れます。

例えて言うなら、水の流れが、ゴツゴツした岩を何年もかけて丸くするようなものです。

 

目標を立てても、何もしなければ、それは怠けているのと同じです。

本を買っても読まなければ怠け心に負けてしまっているのです。

…まぁこれについては自虐するヤマダではあります(汗)

 

どんな小さなことでも、行動しなければ始まりません。

行動していくうちに、周りの評価が変わってきますし、

何よりも自分自身が行動している自分を好きになると思います。

 

大人になったからといって、

なんでもできるわけじゃなく、

やはり勉強は続けないといけませんよね。

 

僕自身、勉強したいことがたくさんあって、

やりきれていないことに、もどかしさを感じることしばしばです。

 

しかしながら、今は自分の中のパースペクティブに沿って行動しているので、

何とか努力を続けられているかなと思っています。

 

もしそれができなかったら…

生徒達に何も言えませんからね(笑)

 

ということで、善い行いをしましょう。

善い行いは「これをやったら、その人も生きるし、自分も生かされる」ということかなと思います。

 

 

より豊かな学びのために

山田でした